くろがね四起の近況です!
先週のことになりますが、永遠ボディ様からフレームに色が入ったと報告がありました。
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長い、長~い、修復プロジェクトも折り返し点を過ぎてゴールに向かっている実感が湧いてきます!

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ボディー内部や部品の裏側にも色が入ったそうです。

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当初の状態から比較すると、仕上がりの素晴らしさが伝わりますでしょうか?

リアホイールアーチの内側に残る、5cm×5cmくらいの角材が内張りベースなのですが、それ以上の情報が判りません・・・
いろいろと考えた末に、今回はリヤシート周りの再現はしないことに決めました。
資料と情報が無い中で、想像だけで復元することは取り返しのつかない失敗をすることになりかねません。
また、当初見積もりの甘さから、費用面でも厳しい部分があるからです。

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こちらは組み立て中のリアデファレンシャルです。

学生は春休みシーズンですね・・・

臨時休館中の「社長の小部屋」ですが、現在3月26日(土)、27日(日)と4月2日(土)、3日(日)の開館に向けて調整中です。

可能なら、くろがね四起レストア途中経過報告パネル展を開催したいと考えていますが、果たして準備時間はあるのだろうか?

ギリギリになると思いますが、もう少し様子を見て告知させて頂きますので、少々お待ちくださいませ(^^ゞ

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「日本の重戦車」刷り上がりました♪
印刷所からの配送トラックが、インクの臭いがプンプンする新刊を届けてくれました!
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カマド出版ミリタリー部の久々の新刊「日本の重戦車」は、2月23日(火)に全国の書店にて発売となります!
これから全国津々浦々の書店さんに配送されると思うと、取次ぎ流通の仕組みって本当に不思議な感じですね。

まずは自分が一番目の読者となって読みたい本を創る!っていうのが、弊社のコンセプトですから、しっかり拝読させて頂きます。
役得、役得(^^♪

皆様にはもう少しお待ちしていただく形になりますが、是非ともお手に取ってお確かめ頂きたいと思います。

あっ、宣伝告知もよろしくです(^_-)-☆
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くろがね四起備忘録その2(後期型考察)
4型~5型★後期量産型、昭和15年8月~昭和19年製造(3人乗り?4人乗り?ジープ型)
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さて、問題の4型であります。

くろがね四起後期型と言えば、石川県の日本自動車博物館に国内唯一の現存車が展示されております。
これは後述する5型であり、4型が実際に量産されたのかどうか?個人的に大いに疑問があるのです。

試しにWeb上で、あるいは過去の書物で探してみてください。戦場で撮影されたくろがね四起後期型は5型ばかりです。
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昭和15年8月からフルモデルチェンジして生産が開始された後期型ですが、影山氏の著作や過去の雑誌記事を鳥瞰すると、4型の存在が謎として浮かび上がります。

上写真の5型と一番上の写真の4型を、外見的特長から違いを探ると、エンジン冷却のために大型化されたフロントグリル、一度は廃されたのに、同じくエンジン冷却のために復活した前期型同形状のフロントサイド通風口が判り易いです。

ここで自分が4型について疑問に思うことを列記します。
1.影山氏の著作では昭和14年5月に発表されたと記述されている。
2.日本内燃機の部品図から、フレーム形状やエンジンマウント方式など後期型への仕様変更は昭和15年8月からと確認できる。
3.影山氏の著作では5型の生産は昭和17年度(1942年)からと記述されている。
4.青木氏の記事でも昭和14年から後期型が生産されたとの記述がある。
上記4つの記述を組み合わせてみると、パズルのピースはぴったりはまってくれないのです。
そでどころか、謎が謎を呼び、推理小説のような様相を呈します。

悩みながら、よくよく一枚目の4型の写真を眺めていると、この個体は明らかに前期型シャーシにボディーが架装されています!
フロントバンパー形状が前期型のそれですし、決定的なのは燃料タンクの位置です。
前期
前期型です。燃料タンクはフレーム後端に吊り下げ式に装着されています。

後期
後期型です。燃料タンクはフレーム後端の上部に搭載される方式に変更されました。
悪路走行時に路面に隠れた岩石により、燃料タンクをヒットする可能性を廃するために、正しい進化と言えるでしょう。

賢明な読者諸氏なら、ここまで情報が集まれば結論は概ね出揃うかと思いますが、自分が整理したところででは以下のような推論になります。

1.4型は昭和14年5月~昭和15年7月まで前期型シャーシに4人乗りボディーを架装して生産された。
*これはロシア現存車や我々の修復中のくろがねのデータプレートやエンジン製造番号と整合性がないので、まずありえません。

2.4型は昭和14年5月に発表され、少数が試作、試験に供され、その結果を基にして昭和15年8月から5型として後期型が生産された。
*自分はこの辺が正解かな?と現時点では思ってします。前述したとおり、4型の写真は日本内燃機の工場を背景にしたものか、多摩川河川敷で撮影された公式写真しか確認できないからです。

3.4型は同時にピックアップトラックが発表されている。トラック型は全て海軍に納入された形跡があるので、実は4型は海軍仕向けに昭和14年5月から3型と平行して海軍向けに生産された。
*自分は3型に海軍マークがついた当時の写真を見た記憶がありません。また、くろがね四起の開発経緯が陸軍主導だったことを考えても、海軍がボディー形状を変更せよと指示する可能性は開戦前のこの時期なら大いに有り得ると考えます。海軍への納車台数が生産期間を通じて480台しかなく、その多くがピックアップトラック型だとすれば、ジープタイプの4型の生産台数は一割程度と仮定して50台を超えるとは思えないので、現存写真が無くても納得できるのですが・・・いかがでしょうか?

横浜くろがね商会で工場長をされていた駒井氏も、海軍さんのくろがねは全部トラックばかりだったと証言されています。

上記推論は、一次資料が無く、現時点ではすべて自分の妄想の類です。

しかし妄想とはいえキッカケはあるわけでして・・・この4型ピックアップトラック(2人乗りトラック型)のエンブレムに注目してください!
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海軍の錨がしっかり付いています。
ここでもう一度、本稿一版最初の4型の写真をよく見てください・・・やはり錨マークが付いているんです!

ここから先の判断はこれからの資料収集と研究を待たねばなりません。


最後に乗車定員について考察して、後期型の稿を締めたいと思います。
1型と2型は2+2の4名定員です。
3型は2+1の3名定員です。
4型は影山氏の記述では2+2の4名定員となりますが、5型は3名と4名の二種類があったとされています。

3型のロードスタータイプの室内容積を増やしたジープ型にすることで、4型は後席横並び2名を実現したわけです。
現在確認できる5型の写真では後席は3型に逆戻りして真中に1名となり、3名定員です。せっかく室内容積を増やしたのに、どうして後戻りするような仕様が存在するのか?そのヒントは後期型のシャーシ写真にあります。

燃料タンクの位置をもう一度確認してください!

5型から燃料タンクがフレーム上部に移動したことにより、貴重な室内容積が大きく削がれていることが判ります。
これにより、後部座席が4型よりも数十センチ前進し、後席乗員の両足は3型同様にフロント左右シートの真中に投げ出すしか無かったと考えられないでしょうか?

4型を後期型ととらえるか?前期型の派生型とするか?

このような視点、論点で過去に語れた形跡はなく、影山氏を初めとする緒先輩方も後期型には3人乗りと4人乗りがあったとう証言に惑わされることになったのではないでしょうか?実際には4型が4人定員、5型は3人定員というのが自分の考えです。

いずれにせよ、戦後の日本軍悪玉説が幅を利かせ、アメリカが持ち込んだ新しいモノ,進歩的なモノが良しとされる経済成長の時代に、影山氏を初めとした先輩方の日本軍車両に対する情熱的な資料収集と研究の結果あればこその仮説です。

じっくりと見極めながら、結論を導くための備忘録としてまとめてみました。
最後までお付き合いありがとうございます。

・・・皆様のご意見、ご感想をお寄せ頂ければ幸いです。


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四式中戦車の残影・・・
去る12月19日(水)に猪鼻湖にて念願のハイテク調査を実施致しました。
今回の助っ人は浜松市に本拠を構える株式会社フジヤマさんの社長以下総勢10名ほどのボランティア!!
ありがたいお話です。
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今回活躍したのは超音波ソナー君
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最近の技術は凄いですね!左右調査幅は瀬戸橋近辺の100mくらいならカバー出来そうな感じです。
一航過で真下の死角(幅20メートルくらい?)以外はカバーできるので、10メートルづつくらい航跡をずらしながら200メートルくらいの瀬戸を何回か往復します。
最初の数往復で、旧瀬戸橋の南側で長さ4メートル幅2メートルほどの四角い人工物をキャッチ!
画面で確認すると間違いなくそれと判る人には九七式中戦車チハです。
砲塔の形状も57mm搭載であろうと判別できる程度の解像度でびっくり!
確認したのはタミヤさんの元設計者で九七式戦車の担当だったT氏と、ファインモールド鈴木社長ですから、まず間違いありません。ヘドロになんか埋まってませんよ!!

しかし、この後が問題。
肝心の四式中戦車チトが見つかりません。
急斜面に頭からはまり込んでいると想定されるので、車体の大半は砂利や泥で埋没している可能性は前回の「突き突き大作戦」の手ごたえでも想定していました。
下の画面をご覧ください。
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画面中央下に「和船」または「ボート」の沈船がはっきり見えます。
大きさは10メートルほどと読み取れるので、四式中戦車の車体長7メートルを考慮すると何とか見えて欲しいのですが・・・
矢印の先端部にある2メートル四方ほどの人工物が、前回の調査で金属音がしたあたりなのです。
これが車体後部になるのではというのが、ファインモールド鈴木社長の推測です。

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プラモデルを片手に真剣に討論する、鈴木社長とスマッペ事務局中村さん。

とにかく、ハイテク機器のGPS機能により、幾つか見つかった人工物と思われる「物体」や沈船の位置は、株式会社フジヤマさんのご好意でデータ解析され、地図上にプロットされます。
この解析結果をもとに、年明け早々にはいよいよ水中カメラ撮影ということに・・・

何がモニターに映し出されるのか?乞うご期待!なのです。

関連記事はコチラから。
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ヨドバシカメラのポイント
結婚したときに大型テレビやサラウンドスピーカーなどを買い込み、さらにブルーレイレコーダーなんかを購入した町田のヨドバシカメラさん。
まあ、微妙な距離があるのでめっきり行かないで居りましたが、ポイントが無効になるよとお知らせが来ました。
当面入用な家電製品もないですし、どうしようかな?と考え、妻に言えば何かに化けてしまうので、自分の欲しい物をポチッと注文。
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はい、本日届いた商品がコチラ
調べてみると1977年のTV放送ということで、自分は小学生1年生。
妙にミリタリー風味満載の、子度向けロボットアクション番組です。
今回見直して感じたのは、自分の原点は「宇宙戦艦ヤマト」と「大鉄人17」で間違いないということ(笑)

両作品とも、大人になって見直すと(普通は見直しませんね・・・)、細かな演出に本物を感じます!
最近は映画(洋画&邦画を問わず)も含めて、作品の作り手側が本物を知らずに、映像で見たことある風景を再現するような作品が多くて寂しいのです。

まあ、一緒に第一話を見た妻は「ありえない!」と大笑いしてましたので、所詮は30年以上前の子供番組なんですがね。コレをみて、ビビっと来てやられちゃう子供は、大きくなると本物と贋物の違いにもビビッと来る大人になると思うんです。

意味判りますかね?
これ、日常生活でも大切なことだと思うんですがね・・・


良質な子供向け番組って大事だよな!というお話でした。
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