四式中戦車に関する情報整理
情報が錯綜しているので、ここで交通整理を試みます。
長くなりますよ(笑)

まずは、そもそも1999年1月(平成11年)に元戦車第8旅団所属の大平さんが、中日新聞さんに四式中戦車のことを語ったことが発端。
当時、月刊アーマーモデリング誌を通じて、ファインモールド鈴木社長が「引き上げる会」を立ち上げ、三ケ日町に署名を提出することで第一ラウンドは終了。
鈴木社長によれば、第一ラウンドの現地調査は一日のみで、残念ながら場所の特定はされておらず、もちろん目視や撮影も出来ませんでした。したがって、一部ネットなどで囁かれる「魚礁となっていたために漁協が反対して引き上げられなかった」なんて話は、典型的な背びれ尾びれの類で事実無根。
月刊「丸」誌上で、大平さんへの聞き取り記事も掲載され、終戦前後の四式中戦車の足取りが判明したのもこの時でした。
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今回の第二ラウンドは2012年4月(平成24年)に、元タミヤ模型のT氏の仲介で自分が三ケ日町まちおこし団体スマッペの中村事務局長に接触したことから始まりました。
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そもそも、第一ラウンドの署名活動や、模型マニアの盛り上がりは一般人には認知すらされておらず、中村事務局長も当時の様子をまったく知らないと頭を傾げておりました。要するに、一部マニアが騒ごうが、さっぱり認知度はなかったという残念な結果確認になった次第。
それならば、まちおこしや郷土史の発掘調査ということで、アプローチ角度を変えてみましょうということで第二ラウンドはスタートしたのです。
なぜ、四式中戦車と九七式中戦車とウインザーキャリアの3台が、瀬戸に沈められたのか?
どのような時代背景とドラマがあったのか?
昭和二十年代後半にスクラップ業者が回収したというウインザーキャリアはどこにあったのか?
そして、本当に現在も2台の戦車は湖底に眠っているのか?

浜名湖の水が一番澄み渡ると言う1月から2月に掛けて実地調査をするということで、計画はスタートします。
7月にはスマッペのまちおこし事業が、浜松市の助成事業に認定され、地元では俄かに注目度が高まります。
そして、10月のキックオフ会を迎えます。

ここからはスマッペ公式HPに詳しいです。
11月25日第一回フィールド調査
12月19日第二回フィールド調査

この結果を元にいよいよ1月5~7日の3日間に渡る潜水調査が実施されました。
その様子は章を改めます。
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